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Iruca Log

東京で暮らすWeb系エンジニアが日々感じたこと

データを長持ちさせる究極の方法は、データの置き場を循環させること

雑記

日々思うことを言葉にする、日記としてブログに書く癖をつけている。

人に見られることは恥ずかしい。けれど、文字は人に読まれなければ意味がない。
そして何より、思い出をデータとして残しておくことでいつの時代までも残ってくれて、どこからでもアクセスできるメリットはサーバエンジニアの自分だからこそよく分かる。

 

アナログに記録したデータは、移しかえないとあっという間に劣化して失われてしまう。

 

小さい頃、実家では家族の思い出の動画をビデオテープに保管していた。
けれど20年経った今、再び見返そうとしてもテープが劣化して見れなくなったのだという。
思い出の記録は、失われてしまった。

データを最も長持ちさせる究極の方法は、常に新しい媒体に移し変えて循環させていくことだと思う。

 

アナログ上だけでなく、脳内に記憶というメモリに置いてあるデータも同じ。
それを早くどこかに移しかえないと、すぐに劣化して失われてしまう。年をとってくると、それは加速する。

 

ブログという形で思ったことをデータに残すことは、自分にとってこういうメリットが一番大きい。

自分が憂鬱な気分を取り除くためにしている行動

少なくとも自分は、憂鬱になったとき「考え方を変える」などの脳内スイッチだけで精神状態が改善したことが無い。
結局、何かしら行動をすることで感情もいつのまにかスッキリしてくる。

以下は、自分が憂鬱だなと思ったとき直すためにとっている行動まとめ。随時思い出したら追加しよう。。。

・日光を浴びる
・よく寝る
・近所の銭湯にいってよく浸かる。サウナで汗をかく
・15分でいいのでランニングをする、汗をかく
・筋トレをする
・テニス、卓球、サイクリングなどリズミカルな運動をする
・ひとりでカラオケに行って大きな声を出す
・映画を見る
・ししゃもを食べる
・納豆を食べる

教授が語った「未来を語る資格」とは

大学時代お世話になった教授の最終講義に出てきた。

自分の最も尊敬する人の話を4年ぶりに聞けて本当によかったし、社会人になって聞く話は学生の頃とはまた違った視点で聞くことができた。

情報通信学の権威ともなると、内容は技術的なことというよりも法律のことにある程度焦点が当てられた。
つまり、世の中に技術を認めてもらい、新しい体験を広めるにはそういう風にまず仕組みを整える活動が必要だったというこの40年間の振り返りだった。
そしてその活動に必要不可欠だったのは「人とのつながり」という点だったと言ったのは、半ば驚きだった。
ジョブズが言ったように、やはり人生の成功は「点をつなげる」ことにあるのか。

教授が発表スライドの最後に書いたのは、「未来を語る資格」という内容だった。

未来を語る資格は以下の3つ。

・若いこと
・過去に批判的であること
・現状を変える覚悟があること

独立した3つの項目ではあるけれど、この3つの底にある考えは「未来に対して責任が取れるか」ということ1つのように聞こえた。

会社の仕事も同じだ。
過去を美化してばかりの年寄りが何を言おうと、退職が控えている彼には未来に対して責任がとれないし未来を語る資格は無い。
また、転職しそうな素振りを見せている奴には若くても未来を語る資格は無い。

ここに骨を埋めるつもりだという気概で変革に取り組んでいる人間にこそ未来を変える資格があり、またチャンスが回ってくる。

自分の仕事のやり方を考える上で、やはりかけがえのない経験となった教授のお話だった。

大企業で働く男にしか分からないこと

会社のトイレでたまたま役員が自分の隣で小便しているときの緊張感

うちの部署の52歳のおじさんが、来月転職するらしい。

雑記

うちの部署の52歳のおじさんが、来月転職するらしい。

大企業で、部署としては景気も良く、年収もそれなりにあり、
このまま定年まで居ればそれなりの社会人生活を終えられた立場と思う。

ただ、大して楽しくもないデータ解析やセキュリティ周りの仕事をさせられていたことは間違いない。仕事に不満があったのだと思う。

また、子供はもう大きくて、独り立ち間近な年齢なんだとか。

つまり彼にとって、人生最後の挑戦というやつだと思う。

果たして自分が彼の立場だったとして、同じ決断が下せただろうか?と、ふと会社からの帰り道で思っていた。

「人で仕事をしている」という言葉があるくらい、社内で築いてきた人脈というのは大きい。そして転職して失うこの人脈や社内知識というのは、年を取ればとるほど価値が大きく捨てがたいものになってくる。
新しいことを覚える能力も落ちてくるし、体力も落ちてくる。しかもこの業界は周りが若くスピードが速い。

それでも彼は、転職の道をとった。自分がやりたいと思える仕事を探す旅に出た。
仕事は嫌とはいえ、会社は、特に男にとっては1日の多くの時間を過ごす、いわば人生の半分である。たとえ何歳になってもそこに自分の生きがいを見つけようと思う気持ちは、少なからず誰もが共感するもの。

彼が踏み出した大きな大きな1歩に、心からエールを送りたい気持ちになった。

映画「La La Land」(ラ・ラ・ランド)を見てきて人生について思うこと【ネタバレ無し】

映画「La La Land」を見てきました。
何の前情報もなく、「ただのハッピーなミュージカル映画かな?」と思って見ましたが、決してそうではなかったのでした。。。

 

そもそも、「La La Land」が既存の英語表現だったと知ってた人も少ないのではないのでしょうか?
http://eow.alc.co.jp/sp/search.html?q=La-La%20Land&pg=1

1. 〈米俗〉〔麻薬や酒に酔ったときに味わう〕陶酔境、恍惚、我を忘れた境地◆La-La Landとも表記される。
2. 〈米俗〉ハリウッド、ロサンゼルス◆ロサンゼルス全体を指すこともあるが、特にハリウッドについて使われる場合が多い。

 

そして、映画のテーマを調べると出てくるのはこんな言葉。
「夢追い人への讃歌」
「夢破れて」
「夢を追うことの代償」

 

この映画は、夢を追うこととそれ以外を両立させることの難しさの物語。
ジャズミュージックがその物悲しさを引き立てます。

 

収入の高さを求めた結果自分のやりたくない仕事をやっている人。

 

キャリアを追い求めることに盲目になるあまりパートナーから別れが告げられる人。

 

そして、夢は残酷に破れます。
日本語には「諸行無常」という言葉がありますが、意味は違えど映画中に流れる物悲しさはこれに近いものでした。

 

ただ、映画全体を通してこの無情感が流れているとはいえ決して夢を追うことを否定している作品ではないと感じます。
誰もが代償を支払いながらも道を選び、「自分には違う未来もあっただろう」と過去を妄想で補完しながらも、どこか「これでよかったのさ」と自分を正当化しながら生きている。

 

どの時代でも、誰もがその経験があるからこそ、この映画は人々の心に響き、切ない気持ちを呼び起こすのでしょう。

マイクロサービスはどれくらいマイクロであればいいのか?

web

昨今バズワードとして使われている「マイクロサービス(microservices)」。

これを聞いた人のほとんどは「それってどれくらい小さければいいの?」という疑問を持つ。

色んな記事や書籍でそれについて述べられているが、私が気に入ったのは以下の書籍の1章に出てくる表現。

 

「2週間で書きなおせるもの」。

 

shop.oreilly.com

 

おそらくこの言葉には、組織ごとのチームの人数の違いや各担当者の能力の違い、世の技術の進歩による開発スピードの向上も含意されている。もちろん、Agileにおける1sprintの代表的な期間が2週間であることも関係しているだろう。

SOA (Service Oriented Architecture) がそうであったように、マイクロサービスもバズワード化が進んで定量的なものさしが無いまま数年が経とうとしている。そんな中で既存のサービスのマイクロサービス化に取り組んでいる自分も、「これは自分のチームで本当に2週間で作り直せるのか?」という質問を常に投げかけることは、一つの有り難いものさしになっている。